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ビッグイッシュー代表、佐野章二さん

7月16日(金)ビッグイッシュー代表、佐野章二さん
 佐野章二さんが新著『ビッグイッシューの挑戦』(講談社)をだされた。いま注目の本で、新聞や雑誌の書評で取り上げられている。しかし、まだわたしはこの本を入手していない。わたしの通勤ルートである千里中央のモノレールの駅の通路でいつもの販売員から、この本を購買したいと思っていて、彼がこの本を店頭に並べるのを待っているところです。
 ご承知の方も多いと思いますが、「ビッグイッシュー」はホームレスの仕事をつくり自立を支援する雑誌で、定価300円の雑誌を1冊売ると、160円が販売者の収入になる。雑誌販売者になりたいホームレスは、最初、10冊の「ビッグイッシュー」を無料で受け取り、その売上の3000円を元手に「ビッグイッシュー」を1冊140円で仕入れて販売の仕事を継続することになる。ビッグイッシューは、ホームレスに「施し」を与えるのではなくビジネスパートナーとして対応すること、若者の目線からみた社会問題(貧困問題、環境問題など)を斬新な切り口で読むことでリピーターを増やせるだけの紙面作りに努力していることなど、ビジネスモデルとしても編集方針としても、今や日本における社会的企業の代表的存在である。
 佐野章二さんには一度お会いしたことがある。関西大学の経済・政治研究所の市民参加班主催した公開セミナー(2008年6月20日)で、佐野さんは「社会的企業の起業と経営」という論題で講演をされた。この講演で佐野さんは起業家としてのご自分の原点について語られ、業を起こすことによって社会問題の解決に挑戦したこと、その道は言葉による闘争のプロセスであることを経験に基づいて明らかにされた。業を起こすという原点は研究の原点と同じであるように感じられ、佐野さんと親しく佐野さんを講師として招かれた市民参加班の幹事、寺島俊穂先生(関西大学法学部)に以下のようなメールを出しました。
「 昨日の佐野章二氏の講演「社会的企業の起業と経営」はおもしろく、またすばらしく、弱くなっていた研究の原点を思い起こさせるものでした。研究も業を起こすことであり、社会問題の解決に通じていること、大学こそ言葉による闘争の舞台であうこと、研究者の原点は活動家ではなかったか、といったことを久しぶりに感じました。講演の内容も質疑も啓発的で、私が現在考えているテーマや論点を刺激するもので、非常に有意義でした。また、ボルカノでの懇親会も楽しく、知的で深い議論は小さな出版社に勤めている息子にも今後の糧になったと思います。このようないい機会をいただきながら、ボルカノでの経済コストをすべて寺島先生に負担させてしまい、申し訳なく思っています。昨日の知的なこと、経済的なことにたいして、お礼の気持ちをお伝えします。」
    
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アラカン世代の底力

 活躍しているアラカン世代の友人も多い。松岡さんの佐藤ゼミの後輩で、SPE研究会でご一緒した同志社大学の向井公敏さんが『貨幣と賃労働の再定義:異端派マルクス経済学の系譜』(ミネルヴァ書房)を刊行された。向井さんは、今日の危機の時代になぜマルクスが読まれないかを問い、ルービンからネグリにいたる欧米の異端派のマルクス研究をこれまでの誰よりも徹底的に理解し吸収することによって、現代の文脈における新しいマルクス研究の可能性を描いている。院生のころから経済学批判プランにおける「賃労働」の編に関心をもち、国家論を書き上げたいと思っているわたしにとって、向井さんの新著の第2部「賃労働関係の再構築に向けて」の諸章、とりわけ、第6章「労働力の再生産と失われた「賃労働」の部」と第7章「マルクストネグリ」はぜひとも読んでみたい研究部分です。向井さんのアラカン魂に元気をもらいました。
 アラカン世代のもうひとりの友人、斉藤日出治さん(大阪産業大学)がまたグローバリゼーションについての新しい本、『グローバル化を超える市民社会』(新泉社)を書き上げた。これで斉藤さんがグローバル化を批判的に分析した著書は6冊になった。誰が見ても、この分野の第一人者である。斉藤さんは名古屋大学の大学院時代の恩師、平田先生のゼミナールの一年後輩で、平田先生の市民社会論の現代化に一貫して取り組んできた。副学長の要職にあり、一見やせていてひ弱な風貌の斉藤さんのどこにこれほどのエネルギーが潜んでいるのか、不思議に感じられる。6月1日に斉藤さんの新著の合評会が大阪産業大学であって、わたしもコメンテーターとして参加したが、会の後の懇談会で、ネグリの翻訳を精力的に手掛けている水島一憲さんが「斉藤先生はもうだめだ、これでギブアップだ、と見えてからがスゴイ!」と感想をもらしてみえた。わたしもそのように感じられる。斉藤さんは「もうだめだ」のように見えてから、本当の力を発揮するのだ。そして、これがアラカン世代の底力なのだと思う。
 今は夕方の6時で、5時限の授業、1年生を対象とする「経済学ワークショップ」が終わったところです。授業中にセミがいっせいに鳴き出しました。梅雨明けも近いという知らせだと思いますが、雨は強く降ったり止んだりを繰り返しています。これから帰途につきます。自宅に着くのは7時ごろです。

アラカン世代の友人の死

わたしのアラカン世代の友人、龍谷大学経済学部の教授だった松岡利道さんが昨年12月に亡くなってから、すでに半年が過ぎてしまった。松岡さんとは大学は違ったが同年生まれで、研究テーマが近いこともあって、一時期、SPE(社会・政治経済学)研究会を作って共同研究をしたことがあった。この研究の成果の一部は『歴史としての資本主義――グローバリゼーションと近代認識の再考――』として1999年に青木書店から公刊された。松岡さんは、資本主義の矛盾を一国レベルを超えた世界的レベルで独創的に考察したローザ・ルクセンブルク研究の第一人者で、重厚ですぐれた研究書を1988年に新評論から出されている。当時の新評論の編集者は、松岡さんと同じ大阪市立大学の佐藤金三郎ゼミナールの後輩、藤原良雄氏である。さらに松岡さんは世界システムとしての資本主義に関心をもっていて、ウォーラーステインの『アフター・・リベラリズム』(1997年)と『ユートピスティクス』(1999年)の訳書を、藤原氏が創業した藤原書店から刊行されている。松岡さんの逝去は突然の悲しい出来事でしたが、アラカン世代がいつまでも元気ではなく、いつ死んでもおかしくない年齢に入っていることを告げているように思われる。
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